<第3回>
2005年9月18日(日)10:30〜14:00 雁ノ巣・奈多海岸
集合場所:雁の巣レクリエーションセンター駐車場

「昔の和白干潟はこうじゃった」[雁の巣・奈多編]
博多湾の環境の現状と改善にむけてのヒントを、地元のお二人の講師から学びました。



朝10時30分、雁の巣レクリエーションセンターをスタートしました。2年前まで米軍の格納庫跡が残っていた場所を指差しながら、「ここら辺は全部松林だった」と説明してくれたのは奈多の公民館長の山本孝さんです。昭和40年代は家屋もほとんどなかったということでした。

昔の様子をイメージしながら、人工島と雁の巣地区をつなぐ新しい道路を越えて、松林やアシ原の残る海岸へ出ました。ここの松は江戸時代に黒田の殿様が植林したもので和白の方まで続いていたという説明を、奈多植林会の藤尾治好さんがしてくれました。ここも干潟の原風景を留めている美しい景色でした。

しばらく海に面した住宅街をぬけて、潮が引いた海岸へ降りました。昔は海岸線に沿ってアマモ場があって子供達が魚を捕ったり、貝を捕ったりしたそうです。海は美しく、漁業も盛んでした。この日は干潟でほとんど生き物には出会えませんでしたが、気持ちの良い散歩コースでした。

奈多小学校の手前の海岸で昼食。みんなでお弁当を食べながら昔の話しを聞きました。昔は道路事情もよくなかったので、箱崎や名島の方から奈多、雁の巣へは船で行き来をしていたという話は、今の様子からは全く想像もできない話でした。

次のポイントは奈多団地と海岸の間のクリークです。水門で藤尾さんが、昔は海水と淡水の比重差を利用した取水の方法で農行用水を確保していた話や、クリークに降りてビナ(ウミニナ)の食べ方などを説明してくれました。
しばらく行くとクリークの中にミニ干潟ができていてハクセンシオマネキを見つけました。初めて見る人も多く「感動した」という声も上がっていました。すると藤尾さんが堤防を越えて潮の引いた海岸へ降りてなにやら手を干潟へ入れてモゾモゾとやっていると思ったら、その手のひらいっぱいにアサリを掴んでいました。ほんの2、3分の間でした。さすが昔とった杵柄です。

山本さんの話だと、戦後、米軍が駐留した頃から人口が増えはじめ、この40数年で10倍以上に増えているそうです。当然海が汚れるはずです。
予定のコースの少し手前でしたが、木陰もあったので、ふりかえり(本日の感想を出し合う)を楽しくおこなって解散になりました。日射しが強くて熱い一日でしたが、昔の様子を思い浮かべながら海岸をのんびり歩いて、とっても気持ちの良いフィールド学習でした。


<感想>
昭和40年頃の奈多や雁の巣は美しい海と松林に囲まれほとんど人も住んでいなかった。別荘地としても利用されるくらい美しい海辺だった。漁業と農業が半々くらいで、子供たちは海岸で遊び、魚や貝等を捕って食卓にのぼっていた。雁の巣の海と人々の暮らしが繋がっていた頃はみんなが海は大切な財産だと思っていたようだ。
やがて海が汚れ、生き物が少なくなったので人々が海から離れていったのか。あるいは便利になって行く時代とともに海から暮らしが離れていき、海の汚れにそっぽをむいてしまったのか。
いずれにしても“失ったものは大きかった”。
さて、これから取り戻せるものは何だろうか。
まだ間に合うものは何があるのだろうか。
昔の雁の巣海岸の様子をイメージしながら、未来の環境を探していた一日でした。